「お前に責任がとれるのか」という言葉の無責任さ

2014年7月16日

dogeza1
こんにちは、榊原です。
高校大学とよく大人に「責任はとれるのか?!」とよく言われたことをふと思い出しまして、改めて考えるとこの言葉ってありふれてるものの無責任な言葉だなぁ、と思います。そのことについて、ご紹介します。

「責任はとれるのか?!」という文脈

私は高校時代、部活動(放送部)で他校との共同研修会や交流大会を企画するのが好きで、年何回かはそういう企画をしていました。で、ありがたいことに3年の途中までいた顧問はそういう姿勢を最大限に評価してくれまして、顧問名でFAXを他校に送らせてもらったり、会場として休日の校舎を手配してもらったりと、本当感謝に堪えないぐらいよくしてもらいました。
ただ、その顧問は私が3年になった時に他校に移られてしまい、新しくきた顧問がよく言ったのが「お前に責任がとれるのか」という言葉でした。
 
この言葉は、高校もですし、大学時代にもいろいろ企画する上で、教師や教授、時には地域の大人にも言われたりしており、かつ私がずっと向き合わされてきた現実でもありました。
 
というのも、よく考えてみて下さい。高校生や大学生に「責任はとれるのか?!」ってどういう文脈で使いますか?
当時私はいろいろ考えました。失敗したら頭を下げて回ったらいいのか、大したことない立場ですが進退をかければいいのか、それとも金銭による解決を求めてるのか。だから、責任分散のためにイベント保険に入ってみたり、役所を巻き込んだり関係者を増やしたりして、それでもつきまとう「責任はとれるのか?!」という言葉。
 

責任をとるってどういうことだろう

そもそも、責任をとるってどういうことでしょう。
実はこれって謝罪するか進退ぐらいの話でしかありません。業務上だったら別のところでポジティブな成果を生んでプラスマイナス0にするとか、あとありえて追金ぐらいの話。そもそも経営者層とかそういったクラスの人じゃなかったら責任をとるポジションじゃないので、「責任をもって報告をする」ことがその人の責任。
 
そう考えると「責任の取り方」って曖昧なものでかつ責任をとる本人の枠組の話で、なのに敢えて「責任がとれるのか?!」というのは、相手に向かって「俺に迷惑がかかったらどうする?!」というとてつもない小さい話だったんだなと今になって思います。
 

「お前に責任がとれるのか」なんて言わない

もちろん、子どもだから部下だから何やっても保護されるべきとかは思いますが、やる前から「責任」という曖昧な言葉で上から押さえつけようとするのが正しいとは思えません。
 
それなら、例えばイベントなら「保険に入らないといけないから1万円必要だ」と責任をとらなくてすむためのリスク分散を指示すべきだし、飲食だったら保健所とか行政を監督につかせる方法だってあります。
損失を出すことが明らかだったら、どうして損失を出すかを筋道たてていうべきです。それを放棄するからの「責任とれるのか?!」という言葉であって、損失補填を考えるならいうべき言葉は「失敗した時どう対処するかを先に考えておきなさい」であるべきです。
 
結局のところ、「お前に責任がとれるのか」という言葉は相手を萎縮させるだけで、生産性はなく、問題解決力もなく、むしろ上役の責務のひとつである「責任をとる」ということを放棄した無責任な言葉なわけです。
もちろん、マネジメントの話で、取引先との商売の上ではまた別の議論になろうかと思いますが。
それでは、また。

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